それは、突然の事だった。
劇団グラハムヘルツ主宰の伊藤みずきから、
「ちょっとビデオ通話でご相談したいんですけど、
8月A日からX日までで可能な日ありますか?」
とグループライン通達が着たのだ。
もちろん私はいの一番に
「A日とB日なら可能です」と返信。
少し遅れて石井夫妻から
「B日なら可能です」とピョコンが着た。
最期にほぉちゃんが
「B日、途中からでも出来れば参加します」
とピョコタンあり、
主宰の伊藤みずきが
「じゃあ8月B日の20:00からで皆さんお願いします」
と可愛い系スタンプで締める。
B日当日になり、石井さんより、
「仕事が残業になってしまい、
申し訳ないのですが20:30にしてもらえないでしょうか」
とピョコピョコ。
伊藤自ら了解でーすスタンプの影にうっすら怒りオーラが滲み出ていたのは、
私の気のせいだろうか。
20:30 ビデオ通話はスタートした。
恒例儀式として、
グラハムヘルツ讃美歌35番を皆で合唱する。
♪はりつめたー 弓で— えばった芝居人を~
月の光がー よくーにあうー 一人のしーばいー
研ぎすまさーれたー 刃で批評家を~
そのきっさきにー よく—似たー グラハムの横顔
悲しみと怒りにー ひそむ まことの心を知るはー
芝居の精 グラハムヘルツだけー グラハムヘルツだけー
もうここまで来ると、
JASRACが何か言ってきそうで怖いのだが、
とにかく歌いきる。
あの~ですね~、
今現在私の仕事が、
月の残業60時間となってまして、
稽古をしたいけど出来ない大変過酷な状況なんです。
それで、脚本の三分の一くらいしかまだ入ってません。
伊藤総裁のやや巻き舌っぽい喋りで会議はスタートした。
そうなんです。
ついに脚本が完成し、
我々の手元にもデータが届いているんです。
本番まで二カ月もあるのに、スゴイ事なんです!
すごいすごいすごい!!!!
ブラヴォー!!!
イエーイ!!!
ハイタッチ!
(こんだけ褒めれば大丈夫だろう)
それで、
劇場とはC日に契約に行ってきます。
チラシのデザインが出来ました。
など、前向きなみずき様からのお言葉が続く。
後は、8月のD日に皆で顔を合わせての稽古と決まっていますが、
稽古場が取れていません。という事が議題となった。
これは、グラハムヘルツ信者の一人が大きな倉庫を持っているので、
そこを使わせてもらうよう暗示をかければよいのではないか。
となって無事に解決した。
(いやだからちょっと危険な臭いがしますけども冗談ですからね冗談)
「あとですねー、先程も言ったように、
私が結構仕事でいっぱいいっぱいでして、
皆さんにお力をお貸しいただけないかな~と思いまして」
この伊藤みずきの発言に、
「今日わたし仕事の事務作業もやらないといけないので、
それをやりながら参加します」
と言って、画面にも顔が出ずに壁だけ映していたほぉちゃんが
「私、言ってくれれば制作でもなんでもします」
と返答した。
「ほぉちゃんありがとぉ!
じゃあねぇ、アンケート用紙と、当日のパンフと、
予約管理をお願いしてもイイ?」
「わかりました」
なんだか‘‘仕込んでたんじゃね?‘‘って思うくらい、
ツーカーで話しが進み、
「じゃあ音響の石井さんにはこれをお願いして、
照明のみゆきさんにはアレをお願いして、
舞台監督のねこさんには、劇場との連絡を全てお願いします」
やっぱり、‘‘仕込んでたんじゃねぇの?‘‘
という疑惑が産まれるくらい、
とんとん拍子で私達スタッフにも仕事が割り振られていった。
じゃあ今日はこのへんで~
そう伊藤みずきが締めに入った時、
その背後に黒い帽子を被った女が現れた。
あの黒女は、前回私を拉致して栃木の山奥に置き去りにしたヤツだ。
あの時、真っ暗闇の山の中、
何時間もかけて歩いてようやく人家を見つけた。
家の戸を叩いて出てきたお爺さんは、
こんなトコに人が来たのは、
ポツンとなんとかってテレビの人が来て以来だよ。
人と話すの久しぶりだな~と話してた。
黒女は、小声で「ちょっといいですか?」と伊藤に耳打ちした。
え? 何? あの~皆さんちょっとすみませ~ん。
言い残して伊藤が画面からフレームアウトした。
私と石井夫妻は、会議主催者の突然の退場に呆然とし
間抜けな顔を晒していた。
そんな時、ほぉちゃんの
「あ、間違えた!」
の声が聞こえる。
たぶん、仕事の事務作業をどこかミスったのだろう。
みずき様はアイツらに甘すぎます。
あんな奴ら、どんどん命令すればいいんですよ。
あのさ、裏の仕事やってくれてるのはありがたいんだけど、
アンタ達最近出しゃばりすぎだから。
それは・・・みずき様が謙虚過ぎて歯がゆいんです。
もっとその素晴らしさを世間の奴らに、
ああモーうるさいうるさい黙れ!
バチ!!(頬をはたいたような音)
画面に戻って来た伊藤は、
すみませ~ん、じゃあそういう事でお願いします。
と改めて会議を締めた。
奥では黒女であろう、シクシクと泣く声が微かに聞こえる。
じゃあ皆さん次に合う時までお元気で~。
みずき様は、はちきれんばかりの笑顔で手を振っていた。
とにもかくにも、本番に向けて、少しずつの前進なのである。
ねこよう